大判例

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京都地方裁判所 平成5年(行ウ)3号 判決

原告

田井彦子

右訴訟代理人弁護士

松丸正

池田直樹

西晃

脇山拓

被告

京都上労働基準監督署長

西山正夫

右訴訟代理人弁護士

小澤義彦

右指定代理人

川口泰司

外七名

主文

一  被告が原告に対して昭和六一年一一月二八日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取り消す。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、ローム株式会社(以下「ローム」という。)鳥取営業所長として勤務していた原告の亡夫田井肇(以下「肇」という。)が、ローム京都本社から同鳥取営業所に社用車で帰還途中心不全によって死亡したことが、業務に起因するものであるとして、原告が、被告に対して、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく遺族補償年金及び葬祭料の支給請求をしたのに対し、被告が、肇の死亡は業務上の事由によるものと認められないとして不支給の処分(以下「本件処分」という。)をしたため、原告が、被告に対し、本件処分の取消しを求めた事案である。

二  争いがない事実

1  肇の職歴等

(一) 肇(昭和二八年一〇月一二日生、死亡当時三一歳)は、原告の夫である。

(二) ロームは、電子機械製造を業とする会社であり、京都市に本社(以下「京都本社」という。)を置いている。

(三) 肇は、昭和五七年四月二日、ロームに入社し、京都本社営業部員として勤務した後、昭和六〇年二月一日にローム鳥取営業所(以下「鳥取営業所」という。)が開設されたことに伴い、鳥取営業所副所長に就任し、同年四月一一日付けで所長に就任した。

2  発症から死亡に至る経緯

肇は、昭和六〇年六月四日午前九時ころ、出張先の京都本社から鳥取営業所に帰還するため社用車を運転して出発したが、帰還途中の同日午後〇時一〇分ころ、鳥取県八頭郡河原町国道五三号線路上において、対向車線縁石に乗り上げて停車し、けいれんを起こしているところを後続車に目撃通報され、救急車で鳥取市立病院に搬送されたが、同日午後一時〇七分、同病院において急性心不全により死亡した。

3  本件処分

原告は、肇の死亡は業務上の事由によるものであるとして、昭和六一年四月一〇日、被告に対して、遺族補償年金及び葬祭料の支給請求をしたが、これに対し、被告は、肇の死亡は業務上の事由によるものとは認められないとして、同年一一月二八日付けで、原告に対し、遺族補償年金及び葬祭料を支給しない旨の処分(本件処分)をした。

4  不服申立て

(一) 原告は、本件処分を不服として、昭和六二年一月五日、京都労働者災害補償保険審査官に対し、審査請求をしたが、同審査官は、同年一二月二五日付けで、右審査請求を棄却する旨の決定をした。

(二) 原告は、昭和六三年二月二三日、労働保険審査会に対して、再審査請求をしたが、同審査会は、平成四年一一月一二日付けで、右再審査請求を棄却する旨の裁決をした。

三  争点

肇の死亡の業務起因性

第三  争点に関する当事者の主張

一  原告

肇の死亡は、業務上の事由に基づくものである。

1  業務起因性の判断基準

業務起因性の判断基準については、判例の相当因果関係説(相対的有力原因説ないし共働原因論)によるべきである。仮に、被告主張の平成七年認定基準によるとしても、本件では業務起因性が認められる。

2  肇の死因

肇の急性心不全発症の原因は、心筋梗塞と考えるのが最も合理的である。仮に、心筋梗塞ではないとしても一次性心停止である。

(一) 第一次的主張(心筋梗塞による急性心不全)

肇の死因は、情況証拠によれば、心筋梗塞であると合理的に推認できる。その理由は、以下のとおりである。

(1) 肇は、死亡する直前に、けいれんを起こしていることが認められるが、この事実は、肇の死は致死的不整脈である心室細動(心室粗動を含める。)によって引き起こされたことを示している。このような心室細動を引き起こす疾病には、急性心筋梗塞・狭心症・心筋症・心臓弁膜症・先天性心疾患などが考えられるが、肇の場合、以下のとおり、心筋梗塞以外の疾病は否定される。

(2) 心臓弁膜症及び先天性心疾患については、肇には、定期健康診断等の結果から明らかなとおり、胸部レントゲンで心拡大などの異常を認めず、心雑音などの他覚的所見を認めないことから、その可能性は否定される。

(3) 心筋症についても、以下の理由からして、その可能性は否定される。

ア 右(2)のとおり、肇には、胸部レントゲンで心拡大などの異常を認められていない。

イ 典型的な特発性心筋症の場合には、かなりの割合で、遺伝的に同一家系内に心筋症の発症を見ることが多い(特に、肇のように三一歳の若さで亡くなるという心筋症は、非常に重症なものであって、家族歴が濃い。)ものであるところ、肇の家系においては、心筋症の病歴がある者は存在しない。

(4) 以上よりすれば、可能性の残る疾病としては心筋梗塞が一番ありうることとなる。

ア 肇は発症直前にひどい咳をしていた事実が認められるが、後に肇が急性心不全により死亡していることからすれば、心不全の初期的な状態であり肺水腫を起こしていた可能性が高い。

イ 被告の主張2(一)に対する反論

この点、肇が三一歳と若年であること及び死亡するまでに特に症状を訴えていないことは、心筋梗塞であることを否定する理由にはならない。けだし、最新の医学的知見によれば、心筋梗塞は、従来考えられていたような動脈硬化が非常にきつい冠動脈の狭窄(九割も冠動脈が詰まっているような状態)から発症するものばかりではなく、二五パーセントあるいは五〇パーセントしか狭窄がない柔らかいような動脈硬化の部分(アテローム)が、種々のストレスで破裂して血栓を形成して心筋梗塞が発症し得るというメカニズムが解明されてきているからである。

ウ 前記第二の二4(二)の労働保険審査会の裁決においても、肇の死因は心筋梗塞であると認定されている。

(二) 第二次的主張(一時性心停止による心不全)

(1) 肇の基礎疾患に関する直接証拠のない本件において、臨床医の行う死亡診断書における死因の判定のような厳密さを求められるとすれば、基礎疾患については不明とせざるを得ない。しかし、そうであっても、肇が死亡直前にけんれんを起こしていたことからすれば、致死的不整脈による心室細動を起こしていたことは明らかであり、したがって、肇の死因は、一次性心停止による急性心不全であると認められる。そして、過労やストレスが一次性心停止をもたらす心室細動の原因である致死的不整脈を引き起こす要因であることは多くの研究が明らかにするところである。

(2) 被告の主張2(三)に対する反論

なお、原告の主張は、松本久医師らの意見書(〈書証番号略〉)に基づくものであるところ、右意見書の中で、松本久医師は、「基礎疾患の傍証となる事実が全く見いだせない本件においては一次的心臓死(多くは致死的不整脈である心室細動死)と判断するのがもっとも妥当であるが、次に可能性が高いのが急性心筋梗塞に基づく致死的不整脈死(心室細動)である。」と述べているが、これは、客観的証拠が存在しない中では、肇の死因は一次的心臓死と判断せざるを得ず、その後の種々の情況証拠からかんがみるに、強いて死因を疾患として挙げれば、急性心筋梗塞に基づく不整脈死というように判断して記載したにすぎないものであって、両者間に何ら矛盾はない。

3  肇の業務内容

肇の急性心筋梗塞による死亡は、①業務の過重性、②業務継続による治療機会の喪失、の二点からして、業務上の事由に基づくものというべきである。

(一) 前提事実

(1) 鳥取営業所及び同所長の所定業務

ア 鳥取営業所は、昭和六〇年(以下、特に断りのない限り、月日は昭和六〇年に属する。)二月一日に開設された。肇は、同日、鳥取営業所に副所長として赴任し、四月一一日付で所長に就任した。

イ 鳥取営業所の人員は、当初、肇と事務担当の川原洋子(以下「川原」という。)のみであったが、三月一日、営業担当の蛭子雅則(以下「蛭子」という。)が加わり、さらに、四月から、事務担当の中尾淳子(現姓岩崎、以下「中尾」という。)が加わり、四名の体制で営業を行っていた。

ウ 鳥取営業所の担当営業範囲は、鳥取、島根の両県であり、主な取引先及びその所在地は、おおむね以下のとおりであった。

① ナショナルマイクロモーター株式会社(以下「ナショナルマイクロモーター」という。) 米子市

② 鳥取三洋電機株式会社(以下「鳥取三洋電機」という。) 鳥取市

③ 倉吉立石電機株式会社 倉吉市

④ 出雲立石電機株式会社 出雲市

⑤ 松江松下電器産業株式会社

松江市

⑥ IM電子株式会社 鳥取市

⑦ 鳥取ダイヤモンド電機株式会社

鳥取市

⑧ 日本セラミック株式会社鳥取市

⑨ 日東電装株式会社 松江市

⑩ 三共無線製作所 岩美郡国府町

⑪ 鳥取ダイヘン株式会社

八頭郡用瀬町

エ 肇は、右の取引先のうち、蛭子が担当する鳥取三洋電機の無線事業部を除き、最も主力の取引先であるナショナルマイクロモーターを始めとする他の取引先を担当していた。

オ 営業所長の所定業務は、鳥取営業所の統括業務、京都本社との営業の打ち合わせ(販売目標や戦略の設定、討議、実績報告など)、前記主要取引先との直接の営業業務(主に納期や品質の管理、価格交渉、クレーム処理など)、販売拡張などであった。

カ 鳥取営業所の所定就業時間は、始業午前八時一五分から終業午後五時まで(昼休一時間)の実所定労働時間七時間四五分であり、土曜及び日曜が休日であった。また、祝日については、必ずしも休日ではなく、ローム所定の休日カレンダーによっていた。

(2) 肇の行動及び業務内容

鳥取営業所開設日(二月一日)から肇の被災日(六月四日)までの肇の行動及び業務内容については、別表1の1ないし5(肇の勤務日程表(原告主張分))のとおりである。

そのうち、特筆すべきは、以下の勤務内容である(なお、以下の時刻は、いずれもそのころを表す。)。

ア アオイ電子への出張

肇は、以下のとおり、発症約一か月前の四月二二日から二八日まで、高松市のアオイ電子(ナショナルマイクロモーターに納品するICを製造している、ロームの下請製造会社)への出張をしており(なお、四月二二日の拘束時間は、少なくとも一〇時間と推定される。)、総拘束時間は、一一七時間四五分にものぼる。

なお、右出張の理由は、後記(二)(4)(クレーム処理による業務の過重性)のとおりである。

(ア) 四月二三日(火)・二四日(水)

二三日午前七時四一分、鳥取営業所に出勤。その後、鳥取三洋電機無線事業部を社用車で訪問。午後二時、米子市のナショナルマイクロモーターへ向かう。午後八時、同社を社用車で出発。翌二四日の午前二時、アオイ電子に到着。午前三時、同社を出発。午前一〇時、鳥取営業所に到着。午後〇時二〇分の米子行きの汽車が出るまでの時間を利用して、鳥取三洋電機の電器事業部を訪問。午後九時、自宅に直帰。この間、船中泊となっているが、宇野・高松間のフェリーの運行時間は一時間であり、仮眠もほとんどとれない状況だった。

拘束時間は、二三日が一六時間一九分、二四日が二一時間、移動距離は、二三日が約五〇七キロメートル、二四日が約二九二キロメートル。

(イ) 四月二五日(木)

午前八時〇四分、鳥取営業所に出勤。鳥取三洋電機のデバイス事業部・ガス事業部を訪問。午後六時、高松市のアオイ電子に向けて鳥取営業所を社用車で出発。同夜、船中泊(一時間あまりの仮眠が取れたのみ。)。

二五日のみの拘束時間は、一五時間五六分。移動距離は、約三〇七キロメートル。

(ウ) 四月二六日(金)

午前二時、アオイ電子に到着。午前三時、同社を出発。午前一〇時、鳥取営業所に到着。午後三時、社用車で出発。午後五時、米子市のナショナルマイクロモーターに到着。午後六時、ナショナルマイクロモーター販売担当部長の田中彰(以下「田中」という。)を同乗して高松市のアオイ電子に向けて出発。

拘束時間は、二四時間。移動距離は、約五一四キロメートル。

(エ) 四月二七日(土)

午前〇時半、アオイ電子に到着。その後、高松市内のオークラホテルに宿泊。午前八時、右ホテルを出発。午前八時三〇分、アオイ電子に到着。午後六時まで、アオイ電子で折衝したり、田中に生産状況視察の案内をしたりする。午後六時三〇分、高松ワシントンホテルにチェックイン。

拘束時間は、一八時間三〇分。

(オ) 四月二八日(日)

午前八時に高松ワシントンホテルを出発。午前八時半、アオイ電子に到着。午後〇時、アオイ電子を出発。田中を米子市まで送った後、午後八時、自宅に直帰。

拘束時間は、一二時間。移動距離は、約四二四キロメートル。

イ 発症前一週間の肇の業務内容

肇は、以下のとおり、発症前一週間(五月二七日から六月四日まで)に、出張業務を行っていた(移動距離は、市販のロードマップや旧国鉄の営業距離表をもとに、概算で算出した。)。この間の、肇の総拘束時間は、八六時間五七分、自動車による総走行距離は、約八一八キロメートルである。

(ア) 五月二七日(月)

前日夜発の夜行列車で京都本社へ出張。午前八時、京都本社に到着。ナショナルマイクロモーターの藤中部長が京都本社へ来所し、午後〇時五五分から午後二時〇六分まで折衝。午後一〇時〇八分、退社。ホテルリッチ泊。

移動距離約二三〇キロメートル。

(イ) 五月二八日(火)

午前八時、京都本社に出社。午前一〇時、社用車で京都本社を出発。午後三時、鳥取営業所に到着。同営業所において仕事をした後、午後九時四六分、退社。

拘束時間一三時間四六分。移動距離約二〇九キロメートル。

(ウ) 五月二九日(水)

午前八時一一分、鳥取営業所に出勤。社用車で米子市のナショナルマイクロモーターへ出張。午後七時、帰宅。

拘束時間一〇時間四九分、移動距離約二〇〇キロメートル。

(エ) 五月三〇日(木)

午前八時〇二分、鳥取営業所に出勤。午前中、鳥取三洋電機の機電事業部・鳥取ダイヤモンド電機株式会社を訪問・折衝。午後、社用車で米子市のナショナルマイクロモーターへ出張。京都本社から出張してきた小倉課長(営業技術)と落ち合ってナショナルマイクロモーターにて折衝。午後六時、小倉課長と共に航空機で米子空港を出発。午後六時五五分、大阪空港に到着。午後八時一五分、京都本社に到着。京都本社にて翌日まで及ぶIC部品の選別作業。

拘束時間一七時間二〇分。移動距離約三五九キロメートル(そのうち自動車による分は、約一〇〇キロメートル。)。

(オ) 五月三一日(金)

午前一時二二分まで前日からのIC部品選別作業継続。午前一時三八分、カプセルホテルにチェックイン。午前七時四五分、右ホテルを出発。午前八時〇三分、京都本社に出勤。京都本社で各部課・製造部をまわって諸連絡や打ち合わせ。午後一〇時一五分、退社。カプセルホテル泊。

拘束時間一四時間一二分。

(カ) 六月一日(土)

午前八時二〇分出勤。本来休日ではあるが、京都本社で勤務。午後八時四〇分、退社。大阪空港前のホテルクレベ泊。

拘束時間一二時間二〇分。

(キ) 六月二日(日)

午前七時四〇分、航空機で大阪空港を出発。午前八時四〇分米子空港に到着。米子市から鳥取市まで社用車を運転。午前一一時、帰宅。

拘束時間三時間二〇分。移動距離約三〇九キロメートル(そのうち自動車による分は、約一〇〇キロメートル。)。

(ク) 六月三日(月)

午前四時、社用車で自宅を出発。鳥取営業所で書類作成。午前五時三〇分、同営業所を社用車で出発。午前九時二〇分、京都本社到着。午前九時二〇分から午後〇時三〇分まで、営業会議出席。午後、各部課・製造部を廻っての諸連絡・打ち合わせ。夕方、ICの箱詰め、配送業務に従事。午後七時一〇分、京都本社退社。飲食店で営業の課長や営業部長らと飲食。翌四日午前〇時二二分、カプセルホテルにチェックイン。

拘束時間一五時間一〇分。移動距離約二〇九キロメートル。

(ケ) 六月四日(火)

午前八時、京都本社に出社。午前八時三〇分、鳥取営業所の中尾に電話連絡。午前九時、同営業所の蛭子に電話連絡。午前九時過ぎ、社用車を運転して鳥取へ向かう。午後〇時一〇分、車中にて急性心不全発症。午後一時〇七分、死亡。

(二) 業務の過重性

本件発症前における肇の業務の過重性は、以下の六点に要約できる。

(1) 出張業務の過重性

肇の勤務の特徴は、第一に、何よりも出張が多かったことである。

ア 出張の大半は県外であった。得意先のナショナルマイクロモーターのある県内の米子市への移動も多く、交通の不便さもあって、米子市出張の多くは社用車によっていたが、米子市・鳥取市間の距離は片道約一〇〇キロメートルであり、車で所要約二時間半である。さらに、京都本社への出張が頻繁にあり、その際には深夜発の夜行列車を利用するのが通常であった。

イ 鳥取営業所勤務時の肇の勤務状況を京都本社勤務時のそれと比較したものが別表2(肇の月別勤務状況(原告主張分))であり、これをみると、鳥取営業所においては、本来の公休日の出勤が増えていること、出張日数・外泊が月当たりで倍以上になっているが、このことから、鳥取という地域性と営業所長という仕事柄、従前に比較して格段の労働の強化があったと評価しうる。

ウ また、肇の京都本社への出張状況と他のローム各営業所長のそれとを比較すると、肇は、のべ八回(八日)の出張日で、七人のうち三上北陸営業所長と並んでトップであり、このことからしても、他の営業所長と比較して有意的に過重であったと評価できる。

エ 肇の場合の宿泊出張は、疲労回復条件も悪化させた。カプセルホテルは、十分な睡眠と休息を確保する条件を欠いている。寝台特急もまた、その狭さと睡眠の浅さによって疲労回復に十分貢献しない。

(2) 自動車運転及び運転距離による業務の過重性

ア 業務の必要上、出張回数の多くなる労働者のうち、自動車を自ら運転して移動する労働者の場合は、列車や飛行機を利用しての出張の場合に比較して、それが肉体に与える疲労について、格別の配慮を必要とする。すなわち、自動車の運転者は、運転に従事している間、狭い運転室でほとんど同一姿勢を維持し、常時精神を集中することが求められ、わずかに動かすことのできる四肢も、定められた範囲内で定められた動作を行うのみであり、全身の筋肉の静的緊張が持続され、本人が自覚する以上に全身的な疲労が蓄積することとなる。

イ 本件においては、発症前一週間に限ってみても、肇が社用車を運転した距離は、前記(一)(2)イのとおり、約八一八キロメートル(一日当たり約一一七キロメートル)にも及んでいる。営業担当者が車を使うこと自体は珍しいことではないが、一週間で八〇〇キロメートル以上の移動を行うことは通常は考えられない。ちなみに、昭和六〇年度の自家用小型車の一日あたり走行キロ数は57.6キロメートル、同じく営業用のそれは103.7キロメートルにすぎない。

右の結果は、鳥取という立地条件の悪さと営業エリアの広さ、更には週に一度の京都本社の営業会議出席、加えて重要な取引先であるナショナルマイクロモーターとの間の商品クレーム発生による広域移動という悪条件が加わったことによるものである。

ウ 肇の場合、右のような長時間・長距離の運転に加え、とりわけ注意すべきは、発症前一週間のうち五月三〇日、三一日及び六月三日がカプセルホテル泊であったことである。人一人がやっと寝られるプライバシーの乏しい狭い空間での、深夜の客の物音に眠りを妨げられながらの劣悪な睡眠しか確保できなかったことは、重視されるべきである。睡眠時間が十分に取れないこと、更にはカプセルホテルに宿泊することによる疲労回復の遅れなどが加わり、肇にとっての業務の過重は相当なものになっていたのである。

(3) 長時間勤務・休日出勤

ア 出張が多いことは、九時から五時までの規則的な労働時間とは異なり、不規則・長時間となりやすい。また、出先で処理できない事務作業がたまりがちになり、休日出勤が増える。また、移動中の睡眠や外泊、外食が多くなり、疲労回復条件が悪化する。

イ 発症前一週間である五月二八日から六月三日までの肇の拘束労働時間は、前記右(一)(2)イのとおり、合計八六時間五七分にも及び、この間の所定の拘束労働時間四三時間四五分(八時間四五分×五日)と比較して約1.98倍である。

また、発症日までは一六日間連続勤務であり、所定休日を休日として消化できていない(労基法上は原則として暦日二四時間の休日でなければならない。)。

ウ 被告は、発症前一週間をとっても、肇は五月三一日を除いて八時間睡眠を確保できたと主張するが、右計算の基となる被告のいう出勤・退勤時刻は、本社の出入門やひどい場合は飛行機の発着時間を指しており、空港や会社への移動時間や人間として最低必要な食事等の生活時間すら切り捨てて、二四時間から会社の時間を引いて、後は睡眠に充てることができたと机上の計算をしているにすぎない。

(4) クレーム処理による業務の過重性

さらに特筆すべきは、以下のとおり、肇は、営業所長として、納期や品質管理、特に最大の得意先のナショナルマイクロモーターとの関係で、納期管理や品質管理にきわめて神経を使わなければならなかったことである。

ア 納期が遅れると、下請からの時機に応じた部品供給に基づいて製品の生産をしている生産工場のラインが停止し、その間の人件費や輸送が止まり、更にその下流の完成品の生産ラインにまで影響を及ぼすことになる。したがって、ラインが止まれば、補償問題にまで発展することもありうる。このような納期問題は、営業所長が会社窓口として取引先と折衝することになる。

同時に、納期問題は、会社では生産管理部の部長、課長、営業部長などが担当し、現場の営業所長が会社としての命令系列の最前線に立つことになる。

したがって、営業所長は、会社と得意先の狭間で、自己の裁量ではどうしようもない問題について、事実上大きな責任を負うことになる。

イ 前記(一)(2)アの、アオイ電子への度重なる出張は、IC製品に関する品質問題から納期遅れが生じたことを原因とするものであった。

すなわち、鳥取営業所は、下請製造会社であったアオイ電子が製造していたビデオ用のモーター制御用ICを、ナショナルマイクロモーターに対し、当時、一か月当たり約一〇万個販売していたのであるが、右ICは、そのころ、オフセット電圧に関する品質問題から納期遅れを生じており、かつ、右のトラブルは、ナショナルマイクロモーターの田中のみならず、ロームの生産管理課長がアオイ電子に赴くほど、深刻な状態であった。

そのため、肇は、技術面をコントロールできないものの、営業所長の立場として可能な限りの対処をするべく、一時間でも早く製品を届けるため、アオイ電子にわざわざ夜間に赴き、選別されたICを社用車で米子市のナショナルマイクロモーターに夜を徹して搬送したのである。

ウ 本件発症直前にも、ナショナルマイクロモーターとの間に商品をめぐるトラブルが存したが、この期間におけるトラブルは、小型モーター用の部品であり、ナショナルマイクロモーターにのみ納める特別のIC部品に関するものであった。この時期の右IC部品をめぐるトラブルも、品質及び納品遅れを原因とするものであったが、ナショナルマイクロモーターの次の取引先の製造工程を止めるほど深刻なものであった。

そのため、肇は、京都本社で自らIC製品の選別作業に立ち会い、箱詰作業を行うなど可能な限りの対処をしていたのである。

エ このように、肇は、ナショナルマイクロモーターとロームとの板挟みになりながら、真面目で誠実な人柄から、何とか取引先の要求に応じ会社の信用を失わないようにと、必死になって対応していたのである。

(5) 新設の営業所長としての精神的負荷による業務の過重性

新設の営業所長として、肇は、京都本社との関係においても、実績をあげなければならないという継続的な精神的重圧にさらされた。各営業所長の成績は、数字化されランキングされて、他の営業所と比較されるが、昭和五九年下半期には、肇は、営業会議議事録の販売社長賞の対象にあがっておらず、六〇年上半期に成績をあげることに相当な重圧があったと考えられる。日曜深夜に出発して本社への営業会議に欠かさず出席していた背景には、新設の営業所長としての重圧があったと考えられる。

(6) 過労による身体の不調をおしての長距離運転による業務の過重性

ア 右のような厳しい業務の続く状況であったにもかかわらず、肇は、疲労を回復するための十分な睡眠、休養を取れていなかった。発症直前一週間に肇が自宅で睡眠を取ったのは、三日間のみであり、他は全て外泊である。しかも、そのうち、ビジネスホテルに泊まったのは二日間のみである。三日間は、睡眠環境としては劣悪なカプセルホテルに宿泊しており、一日は、夜行列車の中である。また、睡眠時間も拘束時間の長さと裏腹の関係であり、非常に短かった。

イ そのため、肇は、本件発症前、著しい過労状態に陥っていた。

そのことは、肇が、被災当日の六月四日に、鳥取営業所の中尾・蛭子及び原告に電話した際、肺の奥からの苦しそうな咳をしていたことから明らかである。このとき、肇は、右の身体的状況及び後に不整脈を発症したことからして、肺水腫を起こしていた可能性が高い。

また、度重なるナショナルマイクロモーターの田中からの納品クレームに対して、中尾に居留守の伝言をことづけるほど、精神的に困憊状況となっていた。

ウ 肇はこのように極めて重篤な身体的状況であったにもかかわらず、社用車を運転して鳥取市に向かっている。その目的は、いうまでもなく仕事の処理であり、取引先との対応であり、また、あえて社用車を運転して帰る選択をしたのも、社用車を京都本社に置いたままでは、鳥取・島根両県にまたがる得意先への営業に支障をきたすことを考えてのことであったことは明らかである。

自動車運転労働は、血圧の上昇、心拍の増大のみならず虚血性変化と不整脈を生じさせる可能性を有した労働であるが、肺水腫の症状のみならずナショナルマイクロモーターの田中購買部長の納期遅れに対する矢のような催促によるストレスと蓄積疲労を抱えた肇にとっては、本件発症に十分な過重負荷であったものである。

(7) まとめ

以上のとおり、肇の業務内容は、従前より長時間・不規則・出張の多い過重な業務であったうえ、クレーム処理や納期管理によって継続的な心理的ストレスにさらされていた。そのうえ、発症直前には、重大なクレームによる納期問題が生じて、本社出張が続き、休日もとれない過酷な勤務が続いていたのである。そして、発症当日は、体調不良のところへ自動車運転の負荷が加わり、本件発症となったものである。

しかも、肇には、会社の健康診断で基礎疾患が見つかっていないことからすれば、本件発症は、業務による過重負荷が原因としか考えられない。

したがって、本件では、過重負荷の存在するものとして、業務起因性を肯定すべきである。

(二) 業務継続による治療機会の喪失

右のとおり、肇は、肺水腫と推認しうる身体の異常が生じていたにもかかわらず、業務上の必要から京都市から鳥取市まで約二〇〇キロメートルの運転業務を継続せざるを得なかったものであるが、仮に、異常が生じた時点において、直ちに治療の機会を得ていれば、九〇パーセントは救命の機会はあった。

したがって、本件は、体調の不良が生じた後、やむを得ない業務の継続による業務内在危険の現実化という点においても、業務起因性が認められるべきものである。

二  被告

肇の死亡は、以下のとおり、業務上の事由に基づくものとは認められない。

1  業務起因性の判断基準

(一) 認定基準の存在

(1) 労災保険法一二条の八第二項は、業務災害に関する保険給付は、労働基準法(以下「労基法」という。)所定の災害補償事由が生じた場合に行うと規定しており、労基法七五条二項は、災害補償の対象となる「業務上の疾病」の範囲に関して命令で定めると規定し、これを受けて、同法施行規則(以下「労基規」という。)三五条別表第一の二が定められている。

右別表では、業務上の負傷に起因する疾病のほか、その業務に内在する特定の有害因子を受けて発病に至ったと明らかに認められる場合等医学上の一般的経験則に基づき疾病との関連が密接不可分な特定の疾病について具体的に列挙し、右のように具体的に列挙されている疾病については一定の要件が満たされ、かつ、特段の反証がない限りは「業務上の疾病」に該当するとされているが、これ以外の疾病については、「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するものと認定されなければならず(右別表九号)、業務と疾病との関連性が個々具体的に医学上の経験則によって解明されなければ、「業務上の疾病」としては取り扱われないこととなっている。

(2) 心筋梗塞のような虚血性心疾患は、労基規三五条別表第一の二第一号ないし第八号のいずれにも該当しないことは明らかであるから、これが業務上の疾病と認められるためには、「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当することを要するが、虚血性心疾患が右にいう「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するかどうかの認定にあたっては、労働省は、以下のとおりの認定基準を定めている。

ア 労働省労働基準局は、昭和三六年二月二二日付け基発第一一六号「中枢神経及び循環器系疾患(脳卒中、急性心臓死等)の業務上外認定基準について」(以下「昭和三六年認定基準」という。)を設けていた。

イ その後、労働省労働基準局は、医学専門家により構成された、脳血管疾患及び虚血性心疾患等に関する専門家会議がとりまとめた「過重負荷による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の取扱いに関する報告書」に基づき、昭和三六年認定基準を廃止し、昭和六二年一〇月二六日付け基発第六二〇号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」(以下「昭和六二年認定基準」という。)を制定した。その内容は、要旨以下のとおりである。

(ア) 次のⅠ及びⅡのいずれの要件をも満たす脳血管疾患及び虚血性心疾患等は、労基規三五条別表第一の二第九号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当する疾病として取り扱う。

Ⅰ 次に掲げる①又は②の業務による明らかな過重負荷を発症前に受けたことが認められること。

① 発症状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事(業務に関連する出来事に限る。)に遭遇したこと。

② 日常業務に比較して、特に過重な業務に就労したこと。

Ⅱ 過重負荷を受けてから症状の出現までの時間的経過が、医学上妥当なものであること。

(イ) 右(ア)の「脳血管疾患及び虚血性心疾患等」とは、次の疾患をいう。

① 脳血管疾患

脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症

② 虚血性心疾患等

一時性心停止、狭心症、心筋梗塞症、解離性大動脈瘤

(ウ) 右(ア)Ⅰの「過重負荷」とは、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の発症の基礎となる病態(血管病変等)をその自然的経過を超えて著しく増悪させ得ることが医学経験則上認められる負荷をいう。ここでの自然的経過とは、加齢、一般生活等において生体が受ける通常の要因による血管病変等の経過をいう。右の「自然的経過」とは、加齢、一般生活等において生体が受ける通常の要因による血管病変等の経過をいう。

(エ) 右(ア)Ⅰ①の「異常な出来事」とは、具体的には次に掲げる異常な出来事をいう。

① 極度の緊張、興奮、恐怖、驚愕等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態

② 緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態

③ 急激で著しい作業環境の変化

(オ) 右(ア)Ⅰ②の「日常業務に比較して、特に過重な業務」とは、通常の所定の業務内容に比較して特に過重な精神的、身体的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいい、その判断については次による。

① 発症に最も密接な関連がある業務は、発症直前から前日までの間の業務であるので、この間の業務が特に過重と客観的に認められるか否かを、まず第一に判断する。

② 発症直前から前日までの業務が特に過重であると認められない場合であっても、発症前一週間以内に過重な業務が継続している場合には、急激で著しい増悪に関連があると考えられるので、この間の業務が特に過重であると客観的に認められるか否かを判断する。

③ 発症前一週間より前の業務については、急激で著しい増悪に関連したとは判断し難く、発症前一週間以内における業務の過重性の評価に当たって、その付加的要因として考慮するにとどめる。

④ 過重性の評価に当たっては、業務量のみならず、業務内容、作業内容、作業環境等を総合して判断する。

ウ なお、労働省労働基準局は、その後の医学的知見を踏まえ、「脳・心臓疾患等に係る労災補償の検討プロジェクト委員会」の検討結果に基づき、昭和六二年認定基準のうち、業務に起因することの明らかなものに係る認定基準として、平成七年二月一日付け基発第三八号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(以下「平成七年認定基準」という。)を制定した。その内容は、昭和六二年認定基準と比較すると、要旨以下のとおりである。

(ア) 「日常業務に比較して特に過重な業務」という場合の「日常業務」について、従来は「通常の所定の業務内容」とされていたのを、平成七年認定基準は、「通常の所定労働時間内の所定業務内容」として、より具体的に定義するとともに、「例えば恒常的な時間外労働が行われている場合には、時間外労働を除いた業務が日常業務」であることを明らかにしている。

(イ) 昭和六二年認定基準は、「特に過重な業務」について、単に「特に過重な精神的、身体的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいう。」としていたのに対し、平成七年認定基準は、これをふえんして、右の「客観的とは、当該労働者のみならず、同僚労働者又は同種労働者(以下「同僚等」という。)にとっても、特に過重な精神的、身体的負荷と判断されることをいうものであり、この場合の同僚等とは、当該労働者と同程度の年齢、経験等を有し、日常業務を支障なく遂行できる健康状態にあるものをいう。」として、解釈上疑問の余地のないものとしている。

(ウ) 発症前一週間より前の業務と発症との関連について、昭和六二年認定基準は、「発症前一週間より前の業務については、急激で著しい増悪に関連したとは判断し難く、発症前一週間以内における業務の過重性の評価に当たって、その付加要因として考慮するにとどめること」としていたのに対し、平成七年認定基準は、「発症前一週間より前の業務については、この業務だけで血管病変等の急激で著しい増悪に関連したとは判断し難いが、発症前一週間以内の業務が日常業務を相当程度超える場合には、発症一週間より前の業務を含めて総合的に判断すること」として、従来付加的要因として考慮していたものを総合的判断の対象としている。

(エ) 昭和六二年認定基準は、業務の過重性の評価に当たっては、「業務量のみならず、業務内容、作業環境等を総合的に判断すること」としていたのに対し、平成七年認定基準では、「業務量(労働時間、労働密度)、業務内容(作業形態、業務の難易度、責任の軽重など)、作業環境(暑熱、寒冷など)、発症前の身体の状況等を十分調査の上総合的に判断する必要がある。」としてより詳細かつ具体的な判断基準を定めている。

(以下、昭和三六年認定基準、昭和六二年認定基準及び平成七年認定基準を併せて、単に「認定基準」という。)

(二) 認定基準の趣旨及び合理性

(1) 虚血性心疾患については、労働者本人の素因ないし基礎となる動脈硬化等による血管病変等が、一般生活等の私的な要因によって増悪し発症に至るものがほとんどであり、その発症には著しい個体差が認められる。そして、業務自体は、右のような血管病変等の形成に当たって直接の要因とはなり得ないものであり、さらに、虚血性心疾患発症の原因となる特定の業務は、医学経験則上認められておらず、同疾患と業務との関連性は極めて希薄なものといえる。

しかし、個別的事案によっては、本来的には私病である血管病変等が、業務上の諸種の要因によって急激な血圧変動や血管収縮を引き起こし、その自然的経過を超えて急激に著しく増悪した結果、心筋梗塞を引き起こしたと医学的に認められる場合もあり得る。そして、このように急激な血圧変動や血管収縮が業務によって引き起こされ、血管病変等がその自然的経過を超えて急激に著しく増悪し発症に至った場合には、「業務に起因する明らかな疾病」と認められることになる。

(2) したがって、いかなる場合に急激な血圧変動や血管収縮が業務によって引き起こされ、血管病変等がその自然的経過を超えて急激に著しく増悪し発症に至ったと認定できるかが問題となるが、その認定に当たっては、次の点が考慮されなければならない。

ア 右(一)(1)のとおり、労働災害に関する保険給付の支給をなすには、労基法所定の災害補償事由が生じたことが必要とされている(労災保険法一二条の八第二項)ところ、右災害補償事由の範囲を安易に拡張する認定をすることは、労基法において同様の災害補償事由が存する場合にはその災害補償責任が事業主に課せられており(労基法七五条)、その履行が罰則をもって担保されていること(同法一一九条一号)及び労災保険法の保険給付の原資のほとんどが事業主の負担する保険料で賄われていること等の事情からすれば、著しい不合理を生ぜしめることになる。

イ さらに、血管病変等は、右(1)のとおり、私病であって業務との関連性は極めて希薄であり、また、業務等がもたらす血管変動等には個体差が認められるので、業務上外の認定は極めて困難であるところ、処分庁である労働基準監督署長の個別的な裁量・判断に全面的に委ねることは相当ではない。

(3) このような見地から、労働省は、医学的知見を得て、業務が急激な血圧変動や血管収縮を引き起こし、血管病変等をその自然的経過を超えて著しく増悪させ得ると認められる要件を認定基準として定立しているのであり、右認定基準の内容は、労災保険法の趣旨及び処分の全国斉一性、明確性等の行政目的からしても合理的なものである。

2  肇の死因

肇の急性心不全発症の原因は、急性心筋梗塞であったと認めることはできず、かえって、心筋症であった可能性が否定できない。その理由は、以下のとおりである。

(一) 急性心筋梗塞の可能性について(原告の主張2(一)(4)に対し)

心筋梗塞発症の危険因子(リスクファクター)としては、高血圧、高脂血症、喫煙、尿糖等が挙げられているところ、これらの危険因子が低度のクラスでしかも三〇代の人の場合には、心筋梗塞の発症率は零に近いといって差し支えないところである。

肇は、一日一〇本程度の喫煙はしていたようであるが、その他の危険因子を有せず、年齢も三一歳という若さであるから、心筋梗塞の基礎疾病を有していたとは到底考えられない。

(二) 心筋症の可能性について(原告の主張2(一)(3)に対し)

(1) 二〇代、三〇代における突然死は、心筋梗塞を含む虚血性心疾患によるものよりも、心筋症を中心とする心膜心筋疾患を原因とする場合の方が多い。

(2) 原告の主張2(一)(3)アに対する反論

心筋症には大別して拡張型と肥大型とがあり、確かに、拡張型では内腔が拡張するからX線写真で心陰影の拡大が認められるものの、肥大型では心筋が肥厚して内腔が縮小するため心臓自体は拡大しないことが多く、X線写真で発見されないこともしばしばある。そして、無症状で突然死するのは肥大型の心筋症である。

(3) 原告の主張2(一)(3)イに対する反論

一九七六年にわが国で行われた特発性心筋症調査研究班によるアンケート調査によれば、心筋症四五四例中家族発症は一〇九例、二四パーセントにすぎず、他の三四五例、七六パーセントには家族発症はみられない。

したがって、肇の家系に心筋症の発症がみられないことのみを理由に心筋症を否定することはできない。

(三) 一時性心停止の可能性について(原告の主張2(二)(1)に対し)

原告の主張の根拠となっているのは、松本久医師らの意見書(〈書証番号省略〉)であるが、基礎疾病を有していないのに心室細動を起こして死亡する(一次性心停止)のは極めてまれなケースであって、ほとんどの場合は基礎疾病を有している。しかも、松本医師は、証人尋問の中で、心室細動が心筋梗塞、狭心症、心筋症等に基づく場合以外に何ら基礎疾患を認めない者にも発症することがあると証言しているが、このことは、同医師自身が心筋梗塞、狭心症、心筋症等の基礎疾患の傍証となる事実を見いだせなかったことを物語っているのであって、同医師の、急性心筋梗塞とする意見と矛盾する。

(四) 心筋症と相当因果関係(条件関係)

以上からすれば、肇の死因は、心筋症の可能性が高いというべきである。

ところで、昭和六二年認定基準によれば、虚血性心疾患等として挙げられているのは、前記1(一)(2)イ(イ)②のとおりであり、それ以外の疾病は、昭和六二年認定基準の範囲外にあるが、そのような疾病は、一般的に過重負荷に関連して発症する疾患とは考えられない。本件で問題となっている心筋症についても、前記(一)のとおり、心筋梗塞発症の危険因子が低度で、しかも三〇代といった若年を中心とする病態からして、一般に過重負荷に関連した疾患とは考えられない。

したがって、本件において肇の死因が心筋症による急性心不全の可能性がある以上、昭和六二年認定基準はそのまま本件に適用されず、かえって、過重負荷と心筋症との関連について医学上これを肯定する証拠が存しないのであるから、条件関係を認めることはできない。

(五) ストレスと虚血性心疾患の関連性について

現在においては、集団又は集団の構成員各人についてのストレスの測定が困難であることから、若干の文献が少数の事例を集めているという状況にすぎず、ストレス過剰により何らかの影響があるであろうことはほとんどの人が容認しつつも、その寄与の程度について一般的結論は下し難いのが現状である。そして、それ以上にストレスが心筋梗塞を発症させるといったことを認めている医学的知見は存在しない。

3  肇の業務内容

肇の業務は、以下のとおり、昭和六二年認定基準にいう「異常な出来事」又は「日常業務に比較して特に過重な業務」であるとは認められない。そのことは、平成七年認定基準に照らしても、同様である。

(一) 発症当日の肇の行動及び業務内容

肇は、宿泊先のアメニティホテル・イン・カプセルから京都本社に立ち寄った後、午前八時三〇分から九時ころに、鳥取営業所の中尾・蛭子両名に電話をしているが、その内容は、業務に係る具体的な内容ではなかった。そして、電話をした後京都本社での業務は行わず、社用車で帰る途中、急性心不全を発症したものである。

この間、肇が、昭和六二年認定基準にいう「発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事」に遭遇した事実は認められない。また、社用車の運転は、肇の日頃から習熟しているところであり、「特に過重な業務」に当たるとは認められない。

(二) 発症前日の肇の行動及び業務内容

(1) まず、肇は、午前六時ころ社用車で鳥取市を出発し、午前九時二〇分ころ京都本社に入り、営業会議に出席しているが、右会議の内容は、主として昭和五九年下半期販売社長賞の発表であり、そのあと各部・各課の担当者からの伝達依頼事項があるなど、ごく通常の会議であり、肇が鳥取営業所長として発言したり、上司から注文、叱責を受けたという事実もない。また、肇の営業会議への出席は初めてではなく、これまでに数回経験している。したがって、右会議において、「極度の緊張、興奮、恐怖、驚愕等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態」があったとは認められない。

(2) 次に、肇は、右(1)の会議終了後夕方から、本社敷地内の倉庫で製品梱包作業に従事しているが、右作業はIC(一個の長さ二センチ、幅一センチ程度)を箱詰する作業で、箱自体に大小はあるが、普通、詰め込みをして七ないし八キログラム、重いもので一五キログラム程度にすぎず、右作業が「通常の所定の業務と比較して特に過重な精神的肉体的負荷」に当たると認めることはできないし、京都本社社内での作業であるから、「急激で著しい作業環境の変化」があったということもできない。

(3) また、肇は、午後七時一〇分に京都本社を退出した後、酒席に参加し、かつ、二次会にまで出席しており、さらにその後、同日一一時ころ同僚に定宿のホテルリッチまでタクシーで送ってもらいながら、更に一人で一時間余りも夜の町へ出掛け、翌四日の午前〇時二二分にカプセルホテルにチェックインしているのであって、このように午前様になるほど元気であった者に業務による疲労が蓄積していたとは考えられない。

(三) 発症前一週間以内の肇の行動及び業務内容

(1) 昭和六〇年五月二九日から同年六月四日までの一週間における肇の拘束時間は、七四時間四一分であり、所定拘束時間(週休二日制)四三時間四五分の約1.7倍であるが、右拘束時間の中には列車や飛行機に乗っている時間及びIC検査待ちの時間などもかなり含まれており、労働密度は決して高くない。

(2) 右期間のうち、午前一時過ぎまで勤務したのは五月三〇日から三一日にかけての一回だけであり、かつ、徹夜勤務でもない。また、その他の日は午後七時ないし八時前後の退勤が多く、少なくとも午後一〇時までには勤務を終えており、睡眠時間も最低六時間は確保されている。

(3) 業務内容についても、IC製品の運搬が主要なものであって、特別困難なものではない。

五月三〇日から六月一日にかけての本社における部品の完成検査の立会いについても、取引先から納期をせかされていたという事情があったにせよ、「日常業務に比較して特に過重な業務」とは認められない。その作業自体も、ICを無作為に抜き取って検査機に差し込みメーターの振れを確認してその良否を判定するというものであって、いわゆる単純軽作業であり、肇が立会いだけでなくこの作業を手伝ったとしても、「過重な業務」に就労していたとはいえない。

(4) 肇は、三一歳という青年といってもよい年齢であることや、ロームには約二〇の営業所(鳥取営業所はその中でも最も規模の小さい営業所である。)があり、同僚である他の営業所長も肇と同等又はそれ以上の業務を遂行していたと考えられるところ、肇以外に体調を壊したりした営業所長はいないことからすれば、この程度の業務をもって「特に過重な精神的、肉体的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務」とはいえない。

(5) 肇がカプセルホテルを利用したとの事実は、むしろ、神経質ではなくどこでも眠れたとの事実を示すものである。

(四) 発症前一週間より前の肇の業務内容

(1) 虚血性心疾患については、通常業務負荷を受けてから二四時間以内に症状が出現すること、発症に影響を及ぼす期間としては、医学経験則上発症前一週間程度をみれば評価する期間としては十分であるとされていることなどを考慮すれば、発症前一か月以降の業務を考慮すれば十分であるというべきである。

(2) そこで、発症の一か月前以降(昭和六〇年五月四日以降)の肇の業務についてみると、京都本社や米子市への出張はかなりあったが、列車を利用していることが多い上、退勤時刻も午後六時ないし八時前後が多く、午後一〇時以降の退勤はほとんどない。また、休日は、同月六日間あり、そのおおむね休養に充てられている。

したがって、この間の業務量及び業務内容が過重であったとはいえない。

(3) 四月下旬のアオイ電子への出張は、右(1)の理由により発症に影響を及ぼす可能性はないというべきであり、出張による疲労があったとしても、その後の休養によって完全に回復していたことは、肇が五月一八日の新人社員歓迎会に遠路参加し、琵琶湖の湖岸を走りまわっていたことによっても明らかである。

なお、右の期間を含む、四月二三日から三〇日までの八日間の肇の移動距離は、合計1463.4キロメートル、一日平均一八三キロメートルであり、しかも、そのうちには、列車及び宇高国道フェリーによる移動距離274.2キロメートルが含まれている。

(五) 肇のストレスについて

(1) 取引先からのIC製品の品質上のクレームについて

IC製品の品質上のクレームに伴う納期遅れに対処するため、肇が鳥取と京都本社との間を何回か往復したことは事実であるが、品質上のクレームは京都本社の製造部門の責任において処理すべき問題であって現に処理されていること、クレームに伴う補償問題は毎年のように起こるが、ナショナルマイクロモーターの関係で補償問題にまで発展した例はないことからすれば、肇にこの問題による過剰なストレスがあったとは認められない。

(2) 自動車運転について

肇の自動車運転についても、発症日を含む八日間(五月二八日から六月四日まで)の走行距離は八〇〇キロメートル程度であって、運送を業とするトラックの一日平均輸送距離199.8キロメートルの約半分にすぎず、自動車運転による精神的負荷は問題にすべきほどのものとは考えられない。

第四  争点に対する判断

一  業務起因性の判断基準

1 労災保険法一二条の八第二項は、業務災害に関する保険給付(遺族補償給付、葬祭料等)は、労基法七五条ないし七七条、七九条及び八〇条所定の災害補償の事由が生じた場合に行う旨規定し、また、労基法七五条は、療養補償の支給要件として「労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合」と、同法七九条及び八〇条は、遺族補償及び葬祭料の支給要件として、「労働者が業務上死亡した場合」とそれぞれ規定しているところ、右にいう「労働者が業務上死亡した場合」とは、労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、したがって、右負傷又は疾病と業務との間に相当因果関係のあることが必要であり、その負傷又は疾病が原因となって死亡事故が生じた場合でなければならないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五〇年(行ツ)第一一一号・同五一年一一月一二日第二小法廷判決・集民一一九巻一八九号参照。)。

2  そこでまず、右1説示の、負傷又は疾病と業務との相当因果関係の判断方法一般について検討する。

(一) まず、医学的知見との関係について検討するに、労働者災害補償制度との関係で要求される相当因果関係は、これが医学的知見に全く反するものであってはならないが、他方、医学的知見が対立し、厳密な医学的判断が困難であっても、所与の現代医学の枠組みの中で基礎疾患の程度、業務内容、就労状況、当該労働者の健康状態等を総合的に検討し、当該業務が負傷又は疾病を発症させた蓋然性が高いと認められるときは、法的評価としての相当因果関係があるというべきである。

けだし、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りる(最高裁判所昭和四八年(オ)第五一七号・同昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁)からである。

(二) 次に、負傷又は疾病と業務との相当因果関係の判断基準について検討するに、相当因果関係の有無については、経験則、科学的知識に照らし、その負傷又は疾病が当該業務に内在又は随伴する危険の現実化したものであると判断されるかどうかによってこれを決すべきであると解するのが相当である。

けだし、労基法及び労災保険法による労働者災害補償制度の趣旨は、労働に伴う災害が生ずる危険性を有する業務に従事する労働者について、右業務に内在又は随伴する各種の危険性が発現して、労働者に負傷又は疾病が生じた場合においては、使用者の過失の有無にかかわらず、その危険を負担して、被災労働者の損害を填補するとともに、被災者及びその遺族の生活を補償しようとすることにあるものと解されるからである。

3 次に、右2説示の疾病が虚血性心疾患等に関するものである場合に、右疾病が当該業務に内在又は随伴する危険の現実化したものといえるかどうかを判断するにあたっては、次のように考えるのが相当である。

(一)  虚血性心疾患等が当該業務に内在又は随伴する危険の現実化したものといえるかどうかについては、被災労働者においてその直接の死亡原因となった疾病の発症前に従事した当該業務が、過重負荷、すなわち、虚血性心疾患等の発症の基礎となる病態(血管病変等)をその自然的経過を超えて急激に増悪させ得ることが医学上・経験則上認められる負荷といえる態様のものであるかどうか、を基準に判断するのが相当である。すなわち、虚血性心疾患等については、もともと被災労働者本人に、素因又は動脈硬化等による血管病変等が存在し、それが何らかの原因によって増悪して発症に至るのが通例であると考えられるところ、血管病変等の原因については、医学上、先天的な奇形等を除けば、加齢や日常生活等がその主要な原因であると考えられており、血管病変等の直接の原因となるような特有の業務の存在は、医学経験則上認められていない。しかし、個別的事案によっては、被災労働者がその直接の死亡原因となった当該業務に従事した結果、虚血性心疾患等の発症の基礎となる病態(血管病変等)をその自然的経過を超えて急激に増悪させて、虚血性心疾患等を引き起こしたと医学的に認められる場合もあり得るのであり(〈書証番号略〉)、このような場合には、虚血性心疾患等は、当該業務に内在又は随伴する危険が現実化することによって発生したものとみることができる。

(二)  次に、右(一)において、虚血性心疾患等と当該業務との相当因果関係が認められるためには、当該業務が疾病発症の唯一かつ直接の原因である必要はなく、労働者に疾病の基礎疾患があり、その基礎疾患も原因となって疾病を発症した場合も含まれるが、その場合には、当該業務が加齢その他の原因に比べて相対的に有力な原因と認められることが必要であり、かつ、これをもって足りると解するのが相当である。

けだし、右(一)説示のとおり、虚血性心疾患等の原因としては加齢や日常生活等も考えられ、業務そのものを唯一の原因として発症する場合は稀であり、むしろ複数の原因が競合して発症したと認められる場合が多いと考えられるところ、前記2(一)説示のとおり、訴訟上の因果関係は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明するという法的因果関係で足りると解されるからである。

そして、これを認定方法の面でいうと、虚血性心疾患等の発症について、当該業務が発症の原因となったことが否定できない場合において、他に虚血性心疾患等を発症させる有力な原因があったという事実が確定されない場合には、虚血性心疾患等の発症と業務との相当因果関係の存在を肯定することができるものと解するのが相当である(最高裁判所平成三年(行ツ)第三一号・同六年五月一六日判決・集民一七二号五〇九頁参照。)。

4  これに対し、被告は、虚血性心疾患等に関する業務起因性については、労基規三五条別表第一の二の第九号に定める「その他業務に起因することの明らかな疾病」と認められることが必要であり、また、右「その他業務に起因することの明らかな疾病」の認定に関しては、認定基準に該当する事実の存在することが必要である旨主張する。

確かに、認定基準は、脳血管疾患及び虚血性心疾患等に関する専門家会議の報告等に基づき定められたものであること(弁論の全趣旨)などの経緯に照らすと、業務起因性について医学的、専門的知見の集約されたものとして、高度の経験則を示したものと理解することができるのであって、虚血性心疾患等の発症に関する相当因果関係の有無を判断するに当たっては、認定基準の示すところを考慮することの必要性を否定することはできない。

しかし、認定基準は、あくまでも下部行政機関に対する運用のための通達であって、行政の事務促進と全国斉一な明確かつ妥当な認定の確保を図り、労災補償保険給付申請者の立証責任を軽減するための簡易な基準であるにすぎないと解されるから、業務外認定処分取消訴訟の場においては、裁判所は相当因果関係の存否の判断に当たって右基準に直接拘束されることなく、医学的に未解決な部分の多い虚血性心疾患等について、右基準に拘泥することなく、被災労働者の疾病の発症と業務との間の相当因果関係が認定されることは十分あり得るものといわなければならない。したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。

二  肇の死因

1  肇が、昭和六〇年六月四日午後一時〇七分ころ死亡したこと及び肇の直接の死因が急性心不全であったことは、当事者間に争いがない。

2(一)  そこで、以下、肇の急性心不全の原因が何であったかを検討するに、証拠によれば、以下の各事実が認められる。

(1) 肇は、死亡の直前の同日午後〇時二〇分ころ、車の中で、けいれんを起こしていた。

(〈書証番号略〉)

(2) けいれんを起こした直後に死に至る心臓死の多くは、致死的不整脈である心室細動を起こしていることが一般的である。

(〈書証番号略〉、証人松本久)

(3) 心室細動は、基礎疾患を認めない者に発症することもあるが、急性心筋梗塞・心筋症・弁膜症・先天性心疾患等の心臓疾患を有する場合に発症することが多い。

(〈書証番号略〉、証人松本久)

(二)  右(一)認定の各事実によれば、肇の急性心不全の原因は、急性心筋梗塞・心筋症・弁膜症・先天性心疾患のいずれかであると推認することができる。

3  次に、肇の急性心不全の原因が、右2(二)のいずれであるかを検討する。

(一) 事実認定等

証拠によれば、以下の事実認定及び医学的知見の把握ができる。

(1) 心臓弁膜症・先天性心疾患について

ア 死亡に至るほどの重症の心臓弁膜症・先天性心疾患が存在する場合には、心雑音などの多覚的所見がみられるのが通例である。

(〈書証番号略〉、証人松本久)

イ 昭和五七年四月、同五八年六月及び同五九年九月に実施された、ロームにおける入社時検診及び定期検診の結果、肇には、他覚的検査、胸部レントゲン撮影所見に異常がなく、血圧も特に異常が認められておらず、また、死亡時まで、血圧や心臓に異常があるとの指摘を受けたことはない。

(〈書証番号略〉、原告本人)

(2) 心筋症について

ア 証拠によって把握できる医学的知見は、以下のとおりである。

(ア) 河合忠一著「心筋症」には、特発性心筋症、特に肥大型心筋症では遺伝要因の関与は明らかである旨の記載がある。

(〈書証番号略〉)

(イ) 京都工場保険会診療所医師服部譲は、昭和六一年一一月付「意見書の提出について」と題する文書の中で、心筋症には肥大型と拡張型とがあり、その原因が明らかなものもあるが、一般には遺伝的要素の関与するものが多い旨述べている。

(〈書証番号略〉)

(ウ) 松本久医師(以下「松本医師」という。)は、一九九〇年九月一五日付意見書(〈書証番号略〉)及び大野穣一医師との共同意見書(〈書証番号略〉)(以下、併せて「松本意見書」という。)並びに証人尋問において、三一歳の若さで、業務過重に起因することなく死亡するに至るような心筋症は、極めて重症の心筋症であり、同一家系間に同様の発症をみる場合が多い旨述べている。

(〈書証番号略〉、証人松本久)

イ 肇の親族に心臓疾患の既往症はみられない。

(〈書証番号略〉)

ウ 肇には、胸部レントゲンで心拡大などの異常を認めず、心雑音などの他覚的所見の存在しなかったことについては、前記(1)認定のとおりである。

(3) 急性心筋梗塞について

証拠によって把握できる医学的知見は、以下のとおりである。

ア 「日本産業衛生学会循環器疾患の作業関連要因検討委員会報告 職場の循環器疾患とその対策」と題する文書には、要旨以下の記載がみられる。

(ア) 久山町研究によれば、一時間以内の突然死を伴う心臓死のうち、心筋梗塞と冠状動脈硬化を原因とする突然死は、半数以上を占めている。

(イ) 日本病理剖検輯報記載の病理剖検例の主病診断名と臨床診断名とを対比すると、臨床診断名で心不全とされているものの中には、心筋梗塞がかなり高率に含まれており、その理由は、重症心筋梗塞による死亡が、突然死や急性死のタイプで現れることが多いためと予測されている。

(〈書証番号略〉)

イ 河合忠一監修・野原隆司著「改訂版心臓突然死 虚血性心疾患を中心に」と題する文書には、要旨以下の記載がみられる。

(ア) 東京都監察医務院及び大阪府監察医務所の統計によれば、突然死を伴う心血管系疾患の内訳は、虚血性心疾患(心筋梗塞を含む。)が八割弱であり、次いで動脈瘤破裂、心筋症、弁膜症、高血圧性心肥大となっている。

(イ) 虚血性心疾患のうち、病理学的に急性心筋梗塞を判断される明確な所見はあまり多くなく、むしろ、冠動脈病変は強いが心筋梗塞所見のない非梗塞型及び死因に直接つながらないと思われる慢性型が大部分である旨のデータが存在する。

(〈書証番号略〉)

ウ 順天堂大学医学部内科心臓血管病理学研究室宮内克己及び同研究室教授岡田了三の「急性心筋梗塞発症におけるストレスの影響―最近の知見」と題する論文(以下「宮内・岡田論文」という。)には、要旨以下の記述がみられる。

(ア) 急性心筋梗塞発症のメカニズムを文献的に考察すると、おおむね以下のとおりである。

① 急性心筋梗塞の原因の大半は、アテロームの破裂による血栓形成にある。

② アテロームの亀裂や破裂が生じる部位は、冠状硬化基礎病変は軽く、大半が非有為狭窄(七五パーセント以下)部位からの進展であるのが特徴である。

③ アテロームが破裂する直接の原因は、急激で大幅な血圧の上昇などが多い。

④ 精神的ストレス負荷は、血圧上昇の一因となっている。

(イ) 六〇歳以下の若年群の心筋梗塞は、六一歳以上の老齢群に比べて、あまり強くない冠状動脈の狭窄病変に突然血栓を生じる一枝病の性格があり、発症直前により強い肉体的・精神的ストレス状態にあると考えられ、この機序としては、比較的新しい柔らかいアテローム硬化巣がストレスにより増加するカテコールアミンなどで刺激され、破綻して血栓が形成されるという筋書きが最も考えられる。

(〈書証番号略〉)

エ 地方労災医員堺幹太は、平成八年七月四日付意見書(〈書証番号略〉)乙九)の中で、要旨次のとおり述べている。

(ア) 成書によれば、心臓突然死を伴う心室細動の発生する頻度が高い症例は、一般には、心筋梗塞、心筋症、弁膜症の順序とされている。

(イ) 心筋梗塞とストレスとの関連は一般的に認められる。

(〈書証番号略〉)

オ 松本医師は、松本意見書及び証人尋問において、要旨以下のとおり述べている。

(ア) 急性心筋梗塞は、梗塞前狭心症が明らかな者から発症する場合と全く無症状であった者から発症する場合とがある。若年者の場合には、無症状からの発症が多い。

(イ) 最近の知見によると、心筋梗塞は、九割も冠動脈が狭窄しているような動脈硬化が非常に進んだ状態から発症する場合のほか、二五パーセントあるいは五〇パーセントしか狭窄がない柔らかい動脈硬化しかない場合でも、各種のストレスによってアテロームが破裂し、血栓を形成して発症するというアキュート・コロナリー・シンドロームと呼ばれる病態が存在することがわかっている。

(ウ) 若年者の急性心筋梗塞は、比較的軽度のアテローム(よって冠動脈の狭窄病変は軽い。)を基礎に、急性発症することが多く、その発症に労働時間の増加や精神的ストレス、睡眠時間の減少などが密接に関与し、発症を加速、更に最後の引き金の役割を果たしていることが多いと解釈される。その意味で、急性心筋梗塞発症のメカニズムに関する、前記ウの宮内・岡田論文の所説は納得のいく説明である。

(エ) 肇の死因は、情況証拠からかんがみると、急性心筋梗塞に基づく不整脈死であると判断できる。

(二) 検討

(1) 右(一)の認定事実と医学的知見に、肉体的又は精神的負荷が血圧変動や血管収縮に関係し得ることは経験則上明らかであること、及び後記3認定の事実(肇の業務が過重であったこと)を総合考慮すると、肇の急性心不全の原因は、アテロームの破裂により形成された血栓による急性心筋梗塞であったものと推認するのが相当である。

(2)ア これに対し、被告は、前記第三の二2(一)のとおり、心筋梗塞発症の危険因子(リスクファクター)としては、高血圧、高脂血症、喫煙、尿糖等が挙げられているところ、これらの危険因子が低度のクラスでしかも三〇代の人の場合には、心筋梗塞の発症率は零に近い旨主張し、右主張に沿う証拠として〈書証番号略〉を指摘する。

しかし、右証拠に示されているリスクファクターは、厳密には急性心筋梗塞ではなく虚血性心疾患に関するものであるのみならず、右証拠は、発症率の数値を詳細に示したものでない上、広島・長崎の原爆の被爆者・非被爆者を母集団とした虚血性心疾患の発症率をリスクファクターとの関係で示したものにすぎず、何らかの心疾患で死亡したことが明らかである者の疾病を特定する資料としては、母集団のとり方等からして、一定の限界があるといわざるを得ない。したがって、右(一)説示の事実に照らせば、右証拠で前記推認を覆すことはできない。

イ また、被告は、前記第三の二2(二)のとおり、心筋症が肇の死因であったことを否定することはできない旨主張し、その根拠として、①アンケート調査によれば、心筋症例中家族発症は二四パーセントにすぎないこと(〈書証番号略〉)、②肥大型心筋症ではX線写真で発見されないこともしばしばあり、無症状で突然死するのは肥大型の心筋症であること(〈書証番号略〉)、③二〇代、三〇代における突然死は、心筋梗塞を含む虚血性心疾患によるものよりも、心筋症を中心とする心膜心筋疾患を原因とする場合の方が多いこと(〈書証番号略〉)を挙げる。

しかし、右の点に関する被告の主張も、以下の理由により採用することができない。

(ア) 右①については、被告の援用する証拠(統計)の母集団が突然死に至るような重篤な心筋症であるかどうか不明であるのみならず、右証拠中には、前記(一)(2)ア(ア)摘示のとおり、特発性心筋症(特に肥大型心筋症)では、遺伝要因の関与は明らかであるとの知見も示されているのであり、これを前提とすれば、肇の死因の可能性については、むしろ、心筋症よりも急性心筋梗塞に、より親和的であるといえる。

(イ) また、右②についても、肥大型心筋症に罹患していれば、心雑音などの他覚的所見が表れるのではないかとの疑いがある(証人松本久)上、右(ア)のとおり、肥大型心筋症は特発性心筋症の中でも特に遺伝要因が関与しているとの知見に照らせば、被告援用の証拠は十分な根拠とはなりえない。

(ウ) さらに、右③については、被告の援用する証拠によっても、三〇代についていえば、虚血性心疾患の割合がそれほど少ないとはいえない上、これに、前記(一)説示の事実を併せて判断すれば、右証拠が説得力を有するものとはいえない。

ウ さらに、被告は、前記第三の二2(二)のとおり、現在においては、ストレスの定量化が困難である以上、ストレスと虚血性心疾患との因果関係を肯定することはできない旨主張する。

しかし、法的因果関係は、必ずしも厳密な医学的証明を要するものではなく、経験則に照らして高度の蓋然性が証明できれば足りるものであることは、前記一2(一)に説示したとおりであるから、ストレスないし疲労の蓄積を定量的に把握することができなければこれと心筋梗塞との間の法的因果関係を肯定することができないという性質のものではないというべきである。

むしろ、肉体的又は精神的負荷が血圧変動や血管収縮に関係し得ることは経験則上明らかであり、また、右(一)摘示の医学的知見によれば、被災労働者がその業務に従事したことによりストレスないし疲労の蓄積を受け、これが過重負荷と認められるような態様であったと評価することができる場合には、厳密な発生機序・程度が明らかにならないとしても、ストレスないし疲労の蓄積と急性心筋梗塞との法的因果関係を肯定して差し支えないものと解するのが相当である。

よって、被告の右主張は採用できない。

4  小括

以上のとおり、肇の急性心不全の原因は、急性心筋梗塞であったと推認される。

三  肇の業務内容

1  事実認定

争いのない事実及び証拠によれば、以下の各事実が認められる。

(一) 鳥取営業所及び同所長の所定業務

(1) 鳥取営業所は、昭和六〇年(以下、特に断りのない限り、月日は昭和六〇年に属する。)二月一日に開設された。肇は、同日鳥取営業所に副所長として赴任し、四月一一日付で同所長に就任した。

(争いがない)

(2) 鳥取営業所の人員は、開設当初、肇と事務担当の川原(現姓中井)のみであったが、三月一日、営業担当の蛭子が加わり、さらに、四月から、事務担当の中尾が加わり、計四名となった。

(争いのない事実、証人岩崎淳子)

(3) 鳥取営業所の担当営業範囲は、鳥取、島根の両県であり、主な取引先及びその所在地は、おおむね以下のとおりであった。

① ナショナルマイクロモーター

米子市

② 鳥取三洋電機 鳥取市

③ 倉吉立石電機株式会社 倉吉市

④ 出雲立石電機株式会社 出雲市

⑤ 松江松下電器産業株式会社

松江市

⑥ IM電子株式会社 鳥取市

⑦ 鳥取ダイヤモンド電機株式会社

鳥取市

⑧ 日本セラミック株式会社鳥取市

⑨ 日東電装株式会社 松江市

⑩ 三共無線製作所 岩美郡国府町

⑪ 鳥取ダイヘン株式会社

八頭郡用瀬町

(争いのない事実、証人岩崎純子)

(4) 肇は、右(3)の取引先のうち、蛭子が担当する鳥取三洋電機の無線事業部を除き、最も主力の取引先のナショナルマイクロモーターを始めとする他の取引先を担当していた。

(〈書証番号略〉、証人岩崎淳子)

(5)  営業所長の所定業務は、鳥取営業所の統括業務、京都本社との営業の打ち合わせ(販売目標や戦略の設定、討議、実績報告など)、右主要取引先との直接の営業業務(主に納期や品質の管理、価格交渉、クレーム処理など)、販売拡張などであった。

(〈書証番号略〉)

(6) 鳥取営業所の所定就業時間は、始業午前八時一五分から終業午後五時まで(昼休一時間)の実所定労働時間七時間四五分であり、土曜及び日曜が休日であった。また、祝日については、必ずしも休日ではなく、ローム所定の休日カレンダーによっていた。

(争いのない事実、〈書証番号略〉、原告本人)

(二) 肇の行動及び業務内容

二月一日(鳥取営業所赴任)から六月四日(被災日)までの、肇の行動及び業務内容は、別表3の1ないし5(肇の勤務日程表(裁判所認定分))のとおりである。

(証拠は別表中に摘示。)

(三) IC製品の品質及び納期遅れに対するクレームの存在

(1) ICは、モーターの回転を制御する頭脳として重要な部品で、そのICによってモーターの性能が左右され、ひいてはそのモーターを使用した電化製品の商品価値までをも決定するといわれている。したがって、そのICに不良品が出ると、重大な問題が生じかねない。

(〈書証番号略〉、証人川上尚臣)

(2) また、納期が遅れると、下請からの時機に応じた部品供給に基づいて製品の生産をしている生産工場のラインが停止し、その間の人件費や輸送が滞り、更にその下流の完成品の生産ラインにまで影響を及ぼすことになり、補償問題にまで発展することもありうる。

(〈書証番号略〉、証人川上尚臣、同岩崎淳子)

(3) このようなIC製品のうち、鳥取営業所の担当する取引先との関係では、蛭子の担当分を含め、クレームについては、肇が処理することが多かった。そして、鳥取営業所の取引先の中では、ナショナルマイクロモーターからのクレームが多かった。

(〈書証番号略〉、証人岩崎淳子)

(4) また、ロームでは、納期などのクレームも、生産管理部の部長、課長、営業部長などが担当する。肇は、ナショナルマイクロモーターのクレームの件で、ローム京都本社第二営業部の藤本貢営業部長から電話で注意されることが多かった。

(証人川上尚臣、同岩崎淳子)

(5) 当時、ナショナルマイクロモーターは、ロームから、ビデオ用モーターに使用する「BA六四一〇」というICを一か月当たり、一〇万個ほど購入し、これを一日当たり五〇〇〇個ほど使用していた。他方、アオイ電子は、ロームの下請製造会社であり、「BA六四一〇」の製造をし、ロームに対して販売していたものである。また、ナショナルマイクロモーターは、ロームから、ラジカセ用モーターに使用する「BA八〇八A」というICを一か月当たり、一〇万個ほど購入し、これを一日当たり五〇〇〇個ほど使用していた。この「BA八〇八A」は、ナショナルマイクロモーターの方からの特注により製作している物で、他社には販売していない。

(〈書証番号略〉、証人川上尚臣)

(6) 四月下旬ころ、「BA六四一〇」のオフセット電圧に関する品質問題から納期遅れを生じており、かつ、右のトラブルは、ナショナルマイクロモーターの田中のみならず、ロームの生産管理課長がアオイ電子に赴くほど、深刻な状態であった。

そのため、肇は、できるだけ早く製品を届けようとして、前記(二)のとおり、四月二三日から二八日まで、社用車でアオイ電子に赴き選別されたICを受け取り、ナショナルマイクロモーターに搬送するなどの作業に従事した。

(〈書証番号略〉、証人川上尚臣)

(7) 本件発症から二週間前の五月二〇日ころにも、「BA八〇八A」の品質トラブルが発生した。そのため、完成検査を京都本社の方で行わなければならなくなったが、このことにより、製品の納期が遅れる事態が生じるようになった。

そのため、肇は、五月下旬ころから六月上旬にかけて、京都本社にたびたび出張し、京都本社において、自らIC製品の選別作業に立ち会い、梱包作業を手伝うなどの作業を行った。なお、ロームでは、営業所長が梱包作業に従事することはめったにない。

(〈書証番号略〉、証人川上尚臣)

(四) 発症直前及び発症前日の肇の様子

(1) 発症直前の肇の様子

ア 被災当日の六月四日午前八時三〇分ころ、肇は、鳥取営業所に電話をかけ、中尾に対し、「かぜをひいてしんどいから、得意先から電話があったら、『かぜをひいて休んでいる。』と言ってほしい。昼からは出る。」と話した。そのとき、肇は、電話を切る前に、肺の底から出るような咳をしており、声も元気がない様子であった。

(〈書証番号略〉、証人岩崎淳子)

イ その後、同日午前八時三〇分ころ、肇は、鳥取営業所に電話をかけ、蛭子に対し、「中尾には自宅から電話していると言ったが、実は京都の本社にいる。今から鳥取に帰る。」と話した。肇は、最初は、普通の様子であったが、途中からゴボッと咳こんでかなり苦しそうな様子であった。蛭子が、「帰るのは飛行機の方が楽ですよ。」と申し向けると、肇は、少し考えた後で、「車で来ているし、やっぱり車で帰る。」と返事をした。

(〈書証番号略〉)

ウ さらに、肇は、自宅にいた原告に、電話をかけ、「今から帰る。会社の方には休む形にしているが、会社には出る。」と話したが、そのときの肇の様子は声がひどくこもっており、原告が「二日酔かな」と思うほどであった。

(〈書証番号略〉、原告本人)

(1) 発症前日の肇の様子

発症前日の六月三日、肇は、ローム本社第一営業部営業一課河合一博(以下「河合」という。)らと飲食を共にし、午後七時ころから九時ころまで、飲食店の味三昧「郁兵衛」(以下「郁兵衛」という。)に、午後九時ころから一〇時三〇分ころまで、スナック「真知」(以下「真知」という。)に行っている。

肇が、右酒席に参加した経緯は、河合が、午後六時ころ、肇を夕食に誘い、沢村諭浜松営業所長も同席する旨告げたところ、肇が、沢村所長に聞きたいことがあるとして参加したものであり、実際にも酒席の話題は仕事上の話が中心であった。

肇は、「郁兵衛」では、刺身を少ししか口にせず、ビールもコップ二杯程度を飲んだだけであり、また、「真知」でも、水割りには余り手をつけていなかった。

(〈書証番号略〉)

2  検討

右1認定の各事実を前提にして、肇の業務の過重性について検討する。

(一) 肇の業務内容について

(1) 出張業務及び自動車運転による負荷

前記1(二)認定の事実(別表3の1ないし5)を二月一日以降の肇の公休日数、出勤日数、出張日数及び外泊日数についてまとめると、別表3の1ないし5の各欄外のとおりとなるが、これによれば、出張日数が出勤日数の大半を占めていることが明らかであり、京都本社勤務時の出張日数が八ないし六日程度であった(〈書証番号略〉)ことと比較すると、格段に出張回数が増加していることが明らかである。

そして、鳥取営業所の営業担当範囲が、鳥取、島根の両県という広範囲にわたっていたこと、取引先のほとんどを肇が担当していたことは、前記1(一)(3)(4)認定のとおりであるから、出張業務が肇の所管業務のウエイトの大半を占めていたことが推認できる。

のみならず、鳥取地方の地域性及び交通の便を考慮すれば、肇が出張をするに際しては必然的に社用車を使用する場合が多くなると推察されるが、自動車運転は、運転者に一定の精神的緊張を要求するものであって、これが長時間にわたると、運転者の肉体に疲労をもたらすものであることは、経験則上明らかであり、したがって、右の点を加味すれば、出張業務が肇にとって相当な負担になっていたものであろうことは、想像に難くない。

(2) IC製品の品質及び納品遅れに対するクレーム処理

前記1(三)認定の各事実によれば、ICの重要性にかんがみ、取引先ないし京都本社からのクレームは相当程度に強かったものであると考えられるが、開設したばかりの鳥取営業所長になった肇が、取引先の信頼を勝ち得るため、また、京都本社の期待に応えるため、右のクレームに誠実に対応しなければならないとの気持ちを持つに至ったことは、容易に推察できるところであり、このような心理状態の下で、たびたび、長時間にわたって、アオイ電子に社用車で製品を受取りに赴いたり、京都本社において自ら製品梱包の手伝い等の作業をしたりしていたものと推察される。したがって、右クレーム処理は、肉体的疲労にとどまるものではなく精神的疲労としても、相当程度のものがあったと推察できる。

(3) 休日出勤による疲労の蓄積

前記1(二)認定の事実(別表3の1ないし5)によれば、肇は休日出勤が多く(その理由は、出張業務を普段の日にしなければならないため、その他の業務を休日出勤して処理しなければならなかったことによるものと推察される。)、その結果、連続出勤日数も多くなっていることが明らかであり、特に、発症前については、五月二〇日から被災日まで二週間近く連続して出勤していたのである。したがって、その間、肇は、肉体的・精神的負荷による疲労を回復するための十分な休息をとることができず、その結果、その身体に肉体的・精神的負荷による疲労が徐々に相当程度蓄積されていったことが容易に推認できる。

(4) 車中泊による疲労回復の困難化

また、前記1(二)認定の事実(別表3の1ないし5)によれば、肇は、週に一回くらいの割合で、営業会議出席等のために京都本社に外泊出張することがあったが、その場合には、寝台列車で一泊することが多かった。しかし、寝台列車は、睡眠スペースが必ずしも広くないことや列車走行中の振動音等のため、通常のビジネスホテルと比較すると相対的に疲労回復の程度が低いことは、経験的に明らかである。したがって、寝台列車利用による京都出張は、肇の疲労回復にとって一つの阻害要因になっていたということができる。そのことは、肇自身、発症直前、六月二日の寝台列車に乗る予定にしていたのを、寝台列車は寝られないため、少しでも寝ていたいとの理由で、翌六月三日に社用車で京都本社に向かったこと(〈書証番号略〉)からも裏付けられる。

(二) 発症前一週間の状況

(1) 拘束時間の長さによる負荷

前記1(二)認定の事実(別表3の1ないし5)を発症前一週間の肇の拘束時間についてまとめると、別表4(発症前一週間の肇の拘束時間(裁判所認定分))のとおりであり、所定拘束労働時間四三時間四五分(八時間四五分×五日)の1.976倍に相当するものであって、量的にみて、肇が発症直前の一週間内に極めて長時間の労働を行っていたことは明らかである。

(2) 運転距離の長さによる負荷

また、前記1(二)認定の事実(別表3の1ないし5)を発症直前の一週間における肇の社用車の運転距離についてまとめると、別表5(発症前一週間の肇の移動距離・運転距離(裁判所認定分))のとおりであり、これによれば779.0キロメートルにも及ぶのであるが、肇は、京都本社においてIC製品の選別・梱包等に作業にも従事していたこと、長時間の自動車運転が精神的緊張による疲労をもたらすものであることを考慮すると、右のような距離の自動車運転は、肇にとって看過できない負荷になっていたものと推認される。

(3) 公休の不存在による疲労の蓄積

肇が、発症前一週間内に公休を一日も取っていなかったこと、また、そのことから、肇に疲労が蓄積していたものと推認されることは、前記(一)(3)に説示したとおりである。

(4) カプセルホテル泊による疲労回復の困難化

また、前記1(二)認定の事実(別表3の1ないし5)によれば、肇の睡眠状況をみると、肇が自宅で睡眠を取ったのは、五月二八日、二九日と六月二日の夜の三日間のみであり、他は全て外泊である。しかもそのうち、ビジネスホテルに泊まったのは、六月一日のみであり、五月三〇日、三一日及び六月三日にはカプセルホテルに宿泊している。

カプセルホテルは、睡眠するスペースには人が一人入る程度であるというその構造的特色(〈書証番号略〉)からして、通常のビジネスホテルと比較すると相対的に疲労回復の程度が低いことは、経験則上明らかであることからすれば、肇の疲労回復は、この面でもやや阻害されていたものと推察される。

(三) 発症直前及び発症前日の状況

前記1(四)(1)認定の各事実によれば、肇が京都を社用車で出発する時点において、肺ないし呼吸器に重篤な症状(なお、それが肺水腫であったかどうかについては、これを確定することができない。)を来していたものと認められる。これに、右(一)(二)摘示の肉体的・精神的負荷との時間的・量的関連性を考え併せると、右症状は、右(一)(二)の過重な負荷によって生じたものと推認するのが相当である。

なお、被告は、発症前日に、肇が飲酒をし、二次会に出席したことをもって、原告は何ら問題なく元気であったものであり、業務起因性は認められない旨の主張をするが、前記1(四)(2)認定のとおり、肇が河合らと飲食を共にしたのは、沢村浜松営業所長と業務に関する話をしたかったことを動機としていたものであるし、肇は、「郁兵衛」でも「真知」でも、あまり飲酒をしなかったというのであるから、被告主張の事実をもって、肇が全く元気であったということはできず、被告の主張は採用できない。

(四) 本件発症の際における自動車運転による負荷

このように、肇は、既に身体的・精神的に相当の負荷がかかった状態の中で、前記第二の二2のとおり、京都本社から鳥取営業所に向けて社用車を運転して帰途に着いたものであるが、トンネルを抜けて正に鳥取市が見えたとたんに(〈書証番号略〉)、前記二認定のとおり、急性心筋梗塞を発症し死亡するに至ったものであり、右運転自体も京都本社から鳥取市の近くまでの約二〇〇キロメートル(前記(二)(2)認定の事実(別表5①)参照。)を走行したものであるから、それ相応の精神的・肉体的緊張感による負荷を伴うものであったと推認し得る。

(五) まとめ

本件においては、前記二のとおり、肇には、冠動脈の動脈硬化などの病変があったことは確定されていないが、以上の事実を総合すれば、肇の業務は、長時間・不規則・出張の多い過重な業務だった上、クレーム処理や納期管理による継続的な心理的ストレスも加わった過重負荷であったと認めるのが相当である。そして、これに京都本社から鳥取営業所への自動車運転が直接の引き金として加わって、前記二認定の急性心筋梗塞の発症の原因となったものであることは否定できないと解される。そして、本件では、他に心筋梗塞を発症させる有力な原因があったという事実は、全く確定されていない。

してみれば、肇の死因となった急性心筋梗塞の発症と肇の業務との間には、相当因果関係の存在を肯定することができるというべきである。

第五  結論

以上のとおり、肇の死亡は、業務上の事由に基づくものであると認められるから、これと異なる判断に基づいてされた本件処分は違法であり、取消しを免れない。

よって、原告の請求は理由があるから、これを認容する。

(裁判長裁判官松尾政行 裁判官芦澤政治 裁判官府内覚)

別表〈省略〉

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